芽はうごく  静かな声で  季節告げ──草摘まひる、畑にて綴るやさいの小さき物語。

ようこそ「そさいえん日誌」へ。

筆者は、草摘 まひる──畑にしゃがみ、芽吹きの声に耳を澄ませる日々を送っています。
昭和の缶詰工場で働いたのち、いまは家庭菜園とともに季節を巡る暮らし。
野菜たちが語りかけてくる小さな物語を、静かに綴っていけたらと思います。

「そさいえん日誌」の筆者、草摘 まひるです。

野菜とことばを摘む、昼下がりのひととき。 「そさいえん日誌」の筆者、草摘 まひるです。
野菜とことばを摘む、昼下がりのひととき。 「そさいえん日誌」の筆者、草摘 まひるです。

缶に詰めた桃の香りが、
春の陽ざしのなか、ふとよみがえる。

草摘まひる──
かつて缶詰工場で果実と野菜をあつかい、
今は土にしゃがみ、育つ音に耳をすます。

缶の中に閉じ込めた季節。
畑では、いま、それがまた、芽を出している。

「そさいえん日誌」は、
そんな記憶と時間の往復書簡です。

草摘 まひるを紹介します。

畑のそばで、季節と対話しながら、育てるよろこび、知るたのしみ、そして言葉のかけらをそっと綴っています。
畑のそばで、季節と対話しながら、育てるよろこび、知るたのしみ、そして言葉のかけらをそっと綴っています。

草摘 まひる(くさつみ・まひる)と申します。
昭和四十九年、東洋食品工業短期大学の缶詰製造科を卒業し、讃岐缶詰株式会社で、
モモ・タケノコ・プリン、そしてイチゴジャムと、季節の恵みを瓶と缶に詰めてまいりました。

火と塩、そして時間が育てる保存の知恵。
人の手が記憶を封じる、その美しさに魅せられてきました。

いまは畑に立ち、種をまき、草を摘み、
季節とともに育つ野菜たちの声を綴る日々です。

この「そさいえん日誌」は、
缶の中から畑へと、時を遡る小さな旅の記録でもあります。

保存の知恵を学ぶ場所――東洋食品工業短期大学

昭和の缶詰工場では、
果物や野菜を、ていねいに火にかけ、瓶や缶に詰める手しごとが主流でした。

東洋食品工業短期大学は、
そんな時代に“食を封じ、未来に届ける”技術者を育てる、唯一無二の学び舎。
タケノコの下処理から、レトルトの仕組み、真空の理まで。
缶の中に、おいしさとやさしさを封じ込めるための知識が、ここで育まれていました。
世の中には、私たちの技術と想いが溢れている。

缶のなかに未来を詰めた学び舎
包装食品の理論と実践の両面から学修することができる日本で唯一の高等教育機関です。
🔗 東洋食品工業短期大学

モモ缶の記憶と、讃岐缶詰

あの頃、給食のデザートといえば、ミカンの缶詰だった。
やさしい甘さと、ほのかな光の味。

その一缶の向こうには、香川の海と、讃岐平野の果樹園があった。
讃岐缶詰株式会社は、昭和のはじめから果実や野菜を、やさしく丁寧に缶に封じてきた加工場。
とれたてのモモを剥き、白い糖液に沈める人々の手。
瓶の口を、蒸気で締めるあの音も、いまは記憶のなかにある。

野菜も果物も、季節も時間も。
缶に詰めるという行為は、
ほんとうは「人の手で記憶を残す」仕事だったのだと思う。

果実や野菜の加工を得意とする老舗食品メーカー
「旬を封じて、四季を届ける」を理念に、今も変わらぬ味わいを守り続けています。
🔗 讃岐缶詰株式会社

そさいえん日誌へご案内します。

草摘まひるの「そさいえん日誌」畑のそばで綴る、野菜と季節の小さなお話。育てるよろこび、知るたのしみ。
草摘まひるの「そさいえん日誌」畑のそばで綴る、野菜と季節の小さなお話。育てるよろこび、知るたのしみ。

春は、芽吹きを。
夏は、蔓の影を。
秋は、実りを。
冬は、土の眠りを。

草摘 まひる──
畑のすみにしゃがみ、そっと野菜の言葉を聴いています。

昭和四十九年、缶詰工場にて桃を剥き、筍を茹で、茸を瓶に詰める日々。
その記憶は、いま家庭菜園の中に、やさしく息づいています。

**「そさいえん日誌」**は、
季節と土と、そして人の手が紡ぐ野菜たちの物語。
読みながら、どこか懐かしく、心がふっとほどける──
そんなひとときをお届けできたら幸いです。