
畑から缶の中へ|缶詰法で旅する野菜の物語-マッシュルーム編
プロローグ|白い帽子、茶の影法師

白く、丸く、静かな存在。
傘をたたんだような姿に、香りの予感が宿る。
それは森ではなく、人工の培地に芽吹く、現代的な「菌の花」。
マッシュルーム(ツクリタケ)――西洋の食文化とともに日本にやってきたきのこは、今や缶詰の中に、ひっそりと佇んでいる。
食卓の名脇役として、あるとないとでは仕上がりの印象が違うその存在。
その小さな球体に託された、食と保存の知恵の物語をたどってみよう。
おいしいきのこ図鑑
農林水産省|食用きのこ図鑑-マッシュルーム(ツクリタケ)
洋の味を、日本の食卓に

マッシュルーム(Agaricus bisporus)は、ヨーロッパを原産とするきのこ。
18世紀のフランス・パリで地下の石切り場を利用して栽培が始まり、「シャンピニオン・ド・パリ」として高級食材となった。
日本へは明治時代に伝来。
だが湿度の高い気候と栽培技術の未成熟により、定着には時間を要した。
本格的に食卓に根づくのは、戦後の洋食ブーム以降である。
バター、クリーム、デミグラス――洋食に欠かせない濃厚な旨味と香り。
マッシュルームのコクは、日本人にとって新しい「うま味」の体験だった。
白いホワイト種、味わい深いブラウン種。
それぞれの個性が缶詰でも生きている。丸くて繊細、缶詰への旅
マッシュルームはとても繊細。
収穫後の劣化が早く、香りも食感もすぐに失われてしまう。
そのため、缶詰加工では「鮮度勝負」が基本だ。
収穫から数時間以内に洗浄・選別・湯通し(ブランチング)され、
そのまま殺菌釜で高温高圧の加熱を受ける。
菌を育てる技術と同じくらい、菌を保存する技術が大切なのだ。
ホールのまま詰めるもの、スライスして詰めるもの――
その形状一つにも、料理人の手間を省く「配慮」が詰まっている。
日本のマッシュールーム缶詰の草分け的存在
讃岐缶詰|工場紹介-三野工場
グラタンとソースの、舞台裏

マッシュルーム缶は、レストランの厨房で、家庭のキッチンで、
静かに活躍してきた。
ホワイトソースのグラタンに散らして香りの奥行きを加える。
スライスを炒めてハンバーグのソースに忍ばせる。
缶汁ごとスープに入れれば、ほんのりきのこの出汁が染み出す。
加熱しても型崩れしにくく、どんな食材とも調和し、
派手ではないが確かに「旨味の土台」となる。
缶詰の中でも、マッシュルームはまさに名脇役。
それは、主役を引き立てることに徹する「陰の力持ち」なのだ。
マッシュルーム缶詰を使ったレシピ
クックパッド|マッシュルーム缶詰 レシピ
コラム|世界のマッシュルーム缶事情
実は、日本のマッシュルーム缶詰は、世界でも高品質として知られている。
特に香りの立ち方、サイズの均一さ、缶汁の澄み具合は、輸出品としても好評だ。
世界最大の生産国は中国。
続いてポーランド、オランダと続くが、日本の製造技術は「丁寧さ」で際立っている。
ヨーロッパでは常備食材として扱われ、ピザ、リゾット、パスタなどのベース素材に。
調理の省力化と保存性の両立が、缶詰文化を支えているのだ。
ミニ知識|保存と活用のコツ
マッシュルームの缶詰は、一度開けたら「密閉保存」がポイント。
缶のままではなく、別容器に移し替えて冷蔵し、2〜3日以内に食べ切ろう。
残った汁は、炊き込みご飯やスープに。
それだけで深みが一段違う。
また、スライスとホールで食感が異なるため、
サラダやピザにはスライスを、煮込み料理にはホールを使い分けると良い。
少量ずつ使いたいときは、小分け冷凍もおすすめだ。
余った缶詰マッシュルームは冷凍して保存する
ほほえみごはん|【マッシュルームの冷凍保存方法】洗わず冷凍が正解!
エピローグ|缶を開けると香る、西洋の時間

トマトソースの湯気の向こうに、ふと香るきのこの気配。
それは缶の中に眠っていた、静かな記憶――。
白と茶のまるい傘に封じられていたのは、
洋食屋のコックの手さばき、母のグラタン皿を運ぶ手、
異国と家庭のあわいを結ぶ香り。
缶を開けるたびに甦るのは、
マッシュルームが運んできた「西洋の時間」そのものかもしれない
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