缶の中に眠る太陽、それは遠い夏の記憶

畑から缶の中へ|缶詰法で旅する野菜の物語シリーズ、トマト編

プロローグ:太陽の子、トマト

赤く実った果実は、朝露の中でひっそりと熟れる
赤く実った果実は、朝露の中でひっそりと熟れる

トマトは太陽の申し子である。
乾いたアンデスの風に抱かれ、野生のナス科植物として生まれたそれは、やがて海を越え、ヨーロッパの王侯貴族の食卓に「愛のリンゴ」として姿を現した。

日本に渡来したのは江戸時代末期。だが、当初は観賞用として扱われ、食べるものとして受け入れられるまでには、しばらくの時が必要だった。

今では、パスタ、カレー、ハンバーグ、スープ…その赤は、洋の東西を問わず料理を彩る。だが、缶詰になったトマトが、どれほどの工程を経てきたかを知る人は少ない。

それは、太陽と人の手が交差する、見えない旅の物語である。

畑の記憶:露をまとった朝の実り

加工用トマトは、食卓のために静かに育つ「実用の美」
加工用トマトは、食卓のために静かに育つ「実用の美」

朝露に濡れたトマト畑は、赤と緑の絵巻物。
実が完熟に近づくにつれ、その皮は薄く、張りつめた鼓膜のようにぴんと緊張し始める。熟しすぎれば出荷に耐えず、早すぎれば味が乗らない。

缶詰用トマトには「ローマ種」や「サンマルツァーノ種」といった、加熱に強く、果肉が厚い品種が選ばれる。畑での栽培は、雨に弱い性質を考慮し、雨よけハウスや露地マルチ栽培などが用いられる。

🪴ミニ知識:トマトの分類あれこれ

  • 生食用トマト:ジューシーで皮が柔らかく、そのまま食べるのに向く。
  • 加工用トマト:果肉が厚く、ゼリー部分が少ない。加熱しても崩れにくい。
  • 色のバリエーション:赤以外にも黄、緑、紫、ストライプなど多彩!

おいしいトマトの選び方
カゴメ運営の野菜専門メディアで、トマトの選び方・保存法・下ごしらえのコツを紹介されています。
ベジディ|トマト

選ばれし果実:缶詰工場への道

熟しすぎず、若すぎず、収穫のタイミングは職人の勘
熟しすぎず、若すぎず、収穫のタイミングは職人の勘

収穫されたトマトは、大型コンテナで工場に運ばれる。ここからは、技術と時間との戦いだ。

まず行うのは洗浄。高速水流やブラシで泥や虫を落とし、異物を除去する。次に選果。傷や割れのあるものを機械と人の目で丁寧に弾く。

皮むき工程では、トマトに一瞬だけ熱湯や蒸気を当て、すぐに冷水にさらすことで、皮が自然とめくれていく。これは「湯むき」や「スチームピール」と呼ばれる。

その後、丸のままの「ホールトマト」、角切りの「ダイストマト」、裏ごしした「ピューレ」や「ペースト」へと加工されていく。

🛠コラム:ホールトマトの中身はすべて皮なし?

多くのホールトマト缶では皮がむかれているが、まれに残っていることも。これは加工時のばらつきによるもので、品質には問題ない。

缶の中の時間:保存と美味の科学

丸ごとのホールトマト、角切りのダイス。用途に合わせて形を変える赤い宝石。
丸ごとのホールトマト、角切りのダイス。用途に合わせて形を変える赤い宝石。

トマトは加熱によって旨味が増す稀有な果実だ。
工場では、充填されたトマトが密封された後、加圧釜(レトルト)で高温殺菌される。これによって、腐敗菌や耐熱性の微生物も死滅し、長期保存が可能となる。

驚くべきことに、リコピンなどの抗酸化成分は加熱によって体内吸収率が高まり、缶詰トマトはむしろ健康的ともいえる。

🧪ミニ知識:リコピンは熱に強い!

リコピンは脂溶性で、油と一緒に摂ることで吸収率がアップ。トマト缶+オリーブオイルの組み合わせは理にかなっている。

リコピンの有効性データベース
健康食品に添加されている素材「リコピン」の法規・特性、有効性のデータを紹介されています。
国立健康・栄養研究所|リコピン

世界を旅するトマト缶

トマト缶ひとつで、世界の料理が広がる。
トマト缶ひとつで、世界の料理が広がる。

イタリアでは、トマト缶は「料理のはじまり」だ。
オリーブオイル、玉ねぎ、にんにくと共に煮込めば、ソフリットが生まれる。ここからパスタソースやミネストローネ、ピザソースへと展開する。

日本では、昭和の洋食文化の中で、トマト缶がナポリタンやハヤシライスに用いられ、缶詰の洋風化を進めていった。

🌍コラム:缶詰がつなぐ世界のレシピ

  • スペイン:ガスパチョ(冷製スープ)
  • トルコ:メネメン(トマトと卵の炒めもの)
  • 日本:鯖缶とトマトのカレー!

セネガルの家庭料理 マフェ
トマトとピーナッツバターのソースをご飯にかけていただく、セネガルの家庭料理 マフェを紹介されています。
クックパッド|マフェ レシピ

エピローグ:缶の中に眠る太陽

缶の中に眠る太陽――それは遠い夏の記憶。
缶の中に眠る太陽――それは遠い夏の記憶。

缶の中に封じられたのは、ただの果実ではない。
それは太陽の熱と、土の記憶と、人の手間と、技術の結晶。

季節を越え、距離を越え、缶詰トマトは台所に届く。
それを開けた瞬間、遠い畑の朝が、そっと香り立つ。

畑から缶の中へ|缶詰法で旅する野菜の物語シリーズ
畑で作られた野菜や果物が、缶詰法という魔法で時空を超えて旅をして行く物語を、缶詰原料別に綴っています。
サクランボ編|赤い雫の記憶を、甘く閉じ込めて