松茸を、桧葉を敷いた籠に盛る。

🍄秋の野菜 #1|きのこ、松茸・舞茸・なめこ

松茸と舞茸、森の奥で育つ香りとぬめり

松茸と舞茸香る、秋の森を歩くと、空気はひんやりと澄み、どこか湿り気を帯びています。朝露に濡れた落ち葉を踏みしめると、かすかに立ちのぼる香りが鼻をくすぐり、季節の深まりを知らせてくれます。そしてその匂いのなかにふと混じる、土と木の甘いような、少し癖のある香り──それが、きのこの気配です。

秋ならではの山の恵み

足もとをよく見ると、苔むした倒木の陰や、まだ柔らかい腐葉土の間から、小さな傘が顔をのぞかせています。茶色、黄金色、時に朱色まで。静かな森の景色に、ひっそりと鮮やかな彩りを添えるのがきのこです。また人の手を借りず、森の湿り気と木々の養分だけを頼りに育つその姿は、自然が用意した小さな贈り物のよう。

松茸は、土と松林の記憶

松茸はその中でも特別な存在です。つまりまっすぐに伸びた白い柄と、張りのある傘。また土から抜け出したばかりのその姿に、誰もが思わず息をのむでしょう。そして独特の香りは、土と松林の記憶と形容されるほどに深く、焼いても土瓶蒸しにしても、湯気とともに広がる香気が食卓を満たします。松茸は人工栽培がほとんど不可能とされ、限られた自然の条件のもとでしか育たないため、その希少性もまた価値を高めています。

舞茸を、見つけた人は舞い上がる

一方、舞茸は豊かさの象徴。つまり群れをなして大きな株を広げる姿は迫力があり、その名の通り、見つけた人が舞い上がるほど嬉しいといわれたことから名付けられました。また肉厚の傘は歯ごたえがあり、炒めても煮ても旨みがしっかり残ります。そして油と相性がよく、天ぷらにすれば香ばしさと香りが一層際立ちます。

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なめこ。

そして、なめこ。小さな丸い傘に光るぬめりは、秋の台所に欠かせない存在です。味噌汁に入れるとほんのりとろみがつき、喉をすべるように流れ込むその感触は、冷え込み始めた夜に体をやさしく温めてくれます。また鍋物やおろし和えにしても、つるりとした食感が楽しめます。つまりなめこは昔から里山の食卓を支えてきた庶民的なきのこであり、山のごちそうが毎日の暮らしに寄り添っていることを思わせます。

森深く ぬめりの傘に 秋ひそむ

きのこを探すことは、ただの食材探しではなく、森と人との対話でもあります。つまり静けさの中に耳を澄ませ、土や木々の声を感じ取りながら歩く。その営みの中で偶然出会うきのこは、まさに自然からの便りです。

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◆コラム|信州と東北、松茸と舞茸・きのこの里

風土

長野県の山間部や東北のブナ林は、きのこの宝庫として知られています。つまり冷涼な気候と豊かな森の湿度が、天然きのこの生育に最適な条件をつくり出しているのです。また秋になると朝霧が谷を満たし、しっとりとした空気が森を包み込みます。その湿り気こそが、香り高い松茸や肉厚な舞茸を育む大地の力です。

歴史

松茸は古くから秋の味覚の王として珍重され、江戸時代には将軍家への献上品とされました。舞茸やなめこは、里山の暮らしに欠かせない食材であり、乾燥や塩漬けにして保存することで冬の糧とされてきました。山里では秋のきのこ狩りが一つの年中行事でもあり、家族総出で森へ出かける風景が今も語り継がれています。

風景

秋晴れの日、山道を歩けば、ぽつりと現れる無人販売所に出会います。竹かごに盛られた舞茸やなめこは、採れたての森の匂いを閉じ込めたよう。山梨県や信州長野県では、朝市に並ぶきのこの香りが、その日の秋の深まりを告げる合図でもあります。きのこは、山と人とをつなぐ季節の橋渡し役なのです。

松茸と舞茸、秋がくれる静かな贈り物

秋のきのこは、単なる食材ではなく、風土と人の暮らしが交わる場所に根づいた存在です。松茸の希少さに憧れ、舞茸の豊かさを喜び、なめこの庶民的なやさしさに救われる。三種三様のきのこを味わうことは、秋の森そのものを口にすることにほかなりません。

秋の深まりとともに森を歩き、きのこの香りを探すとき、私たちは自然に抱かれている自分を思い出します。きのこは、秋がくれる静かな贈り物。紫の夕暮れや冷たい霧と同じように、この季節にだけ現れる儚い恵みなのです。

🔜 ほくほくの肌に、土のぬくもりが残る。
次回予告。秋の野菜 #2 石川・埼玉の里芋→ ほくほくとした白肌、土から掘り上げる温もり。